弘前大学

学園だより 214号(WEB版)

学園だより

今回の学園だよりでは、卒業生?修了生のみなさん、そして退職される教員のみなさんからのメッセージをご紹介しています。あわせて、学生評議員のみなさんにも「今年1年を振り返って」のメッセージを寄せていただきました。弘前大学での思い出や経験が集まった、心あたたまる内容となっています。ぜひご覧ください。

1.卒業?修了生からのメッセージ

人文社会科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司?大学院人文社会科学研究科

柿崎碧

入学当初の私は、特に専攻したい分野もなく、大学生活の将来像を思い描けないまま、日々をなんとなく過ごしていました。しかし、様々な分野の講義を受けるうちに日本文学研究に興味を持ち、ゼミへ入ることに決めました。もともと文学に詳しかったわけではなく、講義やゼミでは初めて知ることばかりで苦戦しましたが、先生やゼミ生の皆さんに支えられ、語り合う時間を楽しむことができました。

日常生活においても、さくらまつりやねぷたといった行事に参加したり、街に点在する昔ながらのお店を訪ねたりして、弘前の魅力を存分に味わうことができました。年によっては、道を塞いでしまうほどの大雪に見舞われ、苦労することもありましたが、今ではそれも良い思い出の一つです。

最後に、4年間支えてくれた家族や先生方、そして友人たちに感謝を伝えたいと思います。皆さんのおかげで、最高の大学生活を送ることができました。本当にありがとうございました。

鹿内愛子

大学生活は、中学や高校のように部活動や勉強で忙しく過ぎていく日々ではなく、特別に大きな変化があったわけではありませんでした。しかし、その分自分と向き合う時間が増え、少しずつ価値観が形になっていったように思います。就職については、当初は「公務員なら何でもよい」と漠然と考えておりましたが、平内町での実習を通して地域の課題や人口減少の現実に触れ、ゼミの仲間と議論を重ねる中で、自治体を外側から支える仕事に魅力を感じ、国家公務員を志すようになりました。

これまで自分のやりたいことが分からずに過ごしてきましたが、興味のある講義を受けたり、グループワークで多様な人と関わったり、部活動の運営に携わったりする中で、自分の軸が少しずつ見えてきた気がします。これからも周囲への感謝を忘れず、地元である弘前にも貢献できるよう努めていきます。

角井智久

私が弘前にはじめてきたのは、雪の残る2020年の2月だった。大学の二次試験を前にして吞気だった私は、前日に弘前市内観光を楽しんだ。あれから6年、手頃な本を読み漁り、気の向くままにフィールドワークに勤しんでいたらば、あれよあれよと大学院の卒業式を迎えようとしている。コロナウイルスへの不安が社会的に騒がれはじめた大学受験期、本格的なコロナ禍を過ごした香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司入学後の約3年間、現在の弘前市の市街地のような凸凹道を歩んだ卒業論文提出から修士論文提出までの約3年間、10代から20代への変化とともに様々な経験ができた。

特に大きいのは、酒と煙草のやり方を覚えたことだろう。これらの健康阻害品はフィールドワークでの前時代的なコミュニケーションに役立ち、研究活動に大いに役立った。個人的にはとても楽しかったが、ぜひ後輩たちには真似をしないように注意していただきたい。来年度からはウェルビーイングを目指してこれらを控え、健康的なフィールドワークを目指したい。

教育香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司?大学院教育学研究科

鈴木七海

弘前での4年間の大学生活は、振り返ると本当にあっという間でした。何より強く心に残っているのは、多くの人に支えられてきたという実感です。正直に言えば、大学は一人でも通い、単位を取り、卒業することはできるかもしれません。それでも、困ったときに支えてくれる友人や、何気ない時間をともに笑い合える仲間がいたからこそ、日々は何倍にも豊かで鮮やかなものになりました。試験前に励まし合い、助け合いながら教育実習を乗り越えた経験は、かけがえのない思い出です。また、悩んだときには先輩方や先生方が温かく手を差し伸べてくださり、その支えがあったからこそ充実した大学生活を送ることができました。

人とのつながりは、ときに悩みや葛藤も生みますが、それ以上に自分を成長させてくれる大切な財産になります。後輩のみなさんには、ぜひ大学生活という貴重な時間の中で、多くの人と出会い、その縁を大切にしながら、自分らしい4年間を築いていってほしいと心から願っています。

森外真奈穂

先日、養護教諭養成課程の仲間数人で卒業旅行に行きました。タイトルに書いたこの言葉は、乾杯の際に友人が口にした一言です。改めて、素敵な友人に恵まれたなと感じました。原稿を書いている今、気づけば大学4年生となり、卒業を目前に控えています。毎日のように顔を合わせていたみんなに、これからは当たり前のように会えなくなると思うと少し寂しい気持ちになりますが、それぞれ新しい場所で頑張ろうねと、あたたかく送り出し合える関係でいられることが嬉しいです。

養護教諭養成課程は、安心できる場所でした。心優しく、互いを思いやるみんなと過ごす中で、私自身も人の気持ちを以前より大切に考えるようになったと感じます。楽しかったけれど、本当にしんどかった実習も、みんなのおかげで乗り越えることができました。

最後になりますが、養護教諭養成課程のみなさん、いつもあたたかく見守り支えてくださった先生方、そして安心して学べる環境を整えてくださった弘前大学に、心から感謝しています。

髙塚夏海

【雄弁は銀、沈黙は金】という言葉があります。私はこれまで、迷わず「沈黙」を選ぶタイプでした。しかし教職大学院では学校について話し、児童生徒について話し、自分自身について話し……と、仲間とともに様々なことを話し合いました。対話を通じて視界が開ける経験の中で、私は「雄弁もまた、価値ある『銀』である」と知りました。と同時に、言葉が持つ危うさにも気づきました。

【何を言うかではなく何を言わないかが大切】という言葉があります。対人援助職である教員は児童生徒のために全力を尽くすものですが、そういう善意や熱意から生まれた言葉であっても、受け手の状況次第では刃になり得ます。「言わない」という選択、つまり沈黙が「金」である意味を、対話を尽くした今、私は改めて胸に刻んでいます。自分の言葉を正しく捉え、正しく恐れること。この誓いを胸に、教育現場へ向かいます。二年間、本当にありがとうございました。

医香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司医学科?大学院医学研究科

渡邉あかり

医師になるという夢を抱き入学した弘前大学でありますが、気づけば卒業に至る6年目を迎え学生生活を振り返るような時期となっていました。

コロナ禍の入学であり入学式は中止となってしまいましたが、新たな出会いを求め所属した茶道部は6年間を語る上で欠かせない存在となりました。専門的な知識と今までと比べ物にならない勉強量に打ちひしがれる中、茶道部を通して出会った友人と共に試験という壁を乗り越えました。困ったことや悩みが生じた際には、先輩方が相談に乗ってくださり、一人で悩むことなく突き進めました。また、学年が上がるにつれて後輩から相談される立場となり、先輩方の偉大さを改めて感じるようになりました。

入学前は長い道のりだと感じていた6年間は、私らしく進んだあっという間の6年間でした。お世話になった先生方や先輩方、支えてくれた家族や友人に対する感謝の気持ちを忘れず医師となる道をさらに進んでいきます。

立崎真幸

大学院生としての研究生活は、研究という一つのことに没頭できる貴重な時間でした。日頃より研究を支えてくださっている先生方に心より感謝申し上げます。臨床と並行して研究を行う医師が多い中、私はこの三年間を研究一筋で過ごしました。振り返れば、今泉忠淳教授から届いた助手募集の手紙こそが研究生活を始めるきっかけであり、臨床医になることしか考えていなかった私に新たな世界への扉を開いてくれた原点でした。腎臓の自然免疫をテーマに研究を進める中で、医学の奥深さとやりがいを実感しました。

弘前大学での時間は、挑戦する価値と学び続ける姿勢の大切さを教えてくれました。後輩の皆さんには、自らの可能性を狭めず自分の知らない領域にも挑戦してほしいと思います。ここで得た経験を糧に、今後も研究の道を歩み続けます。

医香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司保健学科?大学院保健学研究科

大沼実永

弘前は「新たな価値観に触れられたこと」と「理学療法を学ぶ場」の二点でとても恵まれた環境だったと感じています。まず県外出身の私にとって、ねぷた祭りは刺激的な祭りでした。公道を規制し老若男女いろんな人が踊り、楽器を奏で城下町を練り歩く様は地元にはない風習で、地域の繋がりを強く感じました。またこぎん刺しや津軽びいどろなどの工芸品を大切に思い受け継ぐ姿勢も、長く続く弘前の歴史を直に感じられ、地元を思いやる素晴らしさを再認識しました。

また勉学においても弘前大学で体験した様々な出来事が成長に繋がったと感じています。臨床実習では青森のみならず隣接する岩手や札幌といった街並みも気候も異なる地域で様々な人と関わり、新たな考えや多角的な視点を養うことができました。またゼミ活動では興味ある分野を追求し理学療法の面白さを実感すると共に、尊敬する教授に助言を頂きながら研究を進める日々がとにかく楽しく終わってほしくない時間でした。

こうした経験は、本当に替えの利かない有意義なものだったと大学生活が終わる今更になって気が付きました。就職に伴い弘前から遠く離れてしまいますが、この4年間の経験を存分に生かして精進していきます。本当にありがとうございました。

伊藤美佑

はじめて弘前を訪れた時、道路に人が隠れるほどの雪の壁ができており、一人でやっていけるのかと不安に感じたのを覚えています。大学生活4年間を振り返ると、作業療法学専攻のクラスメイトとの思い出が多く、スマホは数えきれないほどの写真でいっぱいです。授業後や休日に皆でご飯を囲み、他愛のない会話をしながら過ごす時間が楽しく、気づけば毎日があっという間に過ぎていきました。こんなにもクラスメイトの仲が良く、尊敬できる素敵な友人に囲まれながら大学生活を過ごせたことが、私の大きな財産です。

4年生の臨床実習では、患者さんとのコミュニケーションに対する難しさに頭を悩ませることがありましたが、その度に実習先の指導者の先生方、同期の実習生、そして専攻の先生方に助けられながら、乗り越えることができました。こうして振り返ると、私の大学生活は、人との出会いや交流が自分を大きく成長させてくれた時間であったと改めて感じます。4月からは、新しい生活が始まりますが、大学生活で得た経験や知識を糧に、日々精進してまいります。

最後に、ご指導してくださった先生方、支えてくれた友人や家族に深く感謝申し上げます。

加藤実結

心理支援科学科の1期生として弘前大学に入学してから、もう6年が経とうとしています。大学院の2年間は、実習に、研究に、就職活動に、国家試験に慌ただしく駆け抜けるように過ぎていきました。1期生ならではの先行きの見えない不安感と闘いながら、同期や先生方と一緒に乗り越えてきた6年間を振り返ると、やり切った達成感で胸がいっぱいになります。

大学院の実習では初めてケースを受け持ちました。心理面接を重ねる中で、クライエントの抱える悩みだけでなく自分自身の課題にも向き合うことになりました。課題に向き合う中で苦しさを感じることもありましたが、あたたかな同期や先生方に支えられ、自分の課題もそれに伴う感情も大切なものとして抱えられるようになりました。

弘前大学で過ごした6年間は自分にとって大きな財産になりました。心理支援科学専攻の先生方、同期?後輩の皆さん、大学院まで通わせてくれた両親に深く感謝申し上げます。

理工香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司?大学院理工学研究科

池田蒼登

4年間を振り返ってみると、あっという間でしたがとても充実した時間を過ごすことができました。最初は出身である北海道内での進学を考えていましたが、今は弘前大学に進学して本当に良かったと思っています。過ごす環境を変えることでたくさんの考え方に触れ、新しい気づきを得ることができ、毎日が刺激的でとても楽しかったです。そんな環境の中で、学業、サークル、アルバイトに全力で取り組むことができました。

特に、学業面では中学の頃から好きであった化学を深く学びました。今は自分の興味のある研究に取り組み、論文投稿や学会発表を目指して日々励んでいます。加えて、昔からの夢であった博物館の学芸員の資格を取る過程にも挑戦しました。実習を夏に控えているので、最後まで頑張りたいと思っています。

最後になりますが、大学で出会い、お世話になった方々に心から感謝申し上げます。大学院進学に伴い、もう2年間お世話になりますのでどうぞよろしくお願いいたします。

四戸佐理名

私は小学校一年生の頃に東日本大震災を経験し、環境に関心を持ったことをきっかけに弘前大学の地球環境防災学科へ入学しました。大学では宇宙や気象、地震、地質など地球環境に関わる幅広い分野を学び、自然の仕組みや防災の重要性について理解を深めました。

この4年間で私が得たものは「とりあえずやってみる」という姿勢です。人見知りで引っ込み思案な性格でしたが、新しい環境の中で自分から一歩踏み出すことを意識し、サークル活動やアルバイト、学外活動に積極的に挑戦しました。その経験を通して多くの友人に出会い、自分の好きなことや価値観、得意なことや苦手なことを改めて知ることができました。挑戦の中で失敗や迷いもありましたが、自分を成長させてくれた大切な経験だったと感じています。これからもこの姿勢を大切にし、自分自身を成長させていきたいです。最後に、支えてくださった両親、先生方、友人の皆さんに心より感謝いたします。

斎藤遥大

卒業の節目に、このような機会をいただき光栄です。振り返れば、私の大学生活は忙しない6年間でした。毎月何かしらのイベントに追われ、論文を仕上げたり、カーリングの大会にむけた調整、お金が足りずにバイトに明け暮れたり、思えば、人並み以上に慌ただしい大学生をしていたと思います。

人一倍忙しない日々の中で、自分を見失いかけたり、時には思いが衝突することもありました。しかし、こうした葛藤も全て今の私に繋がっています。こうした生活を支えてくれたのは、進学を後押ししてくれた両親、サークルの設立に協力してくれた先輩方、自分が作ったサークルに時間を使い、私の想いを引き継いでくれた後輩たち、そして、私の研究について親身にご指導いただいた先生方、職員の皆様です。

不器用ながらも全力で駆け抜けた6年間、関わってくださった全ての方へ、素朴に感謝の言葉を伝えて、結びとさせていただきます。本当にありがとうございました。

農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司?大学院農学生命科学研究科

渡邉陽花

私が弘前大学に入学してから、早くも四年が経ちました。地元を離れ、不安と期待を抱えながら弘前に来た日のことを今も覚えています。今では大雪や厳しい寒さにもすっかり慣れ、少しだけ弘前のイントネーションが身についたように感じています。

大学生活で特に印象に残っているのは研究活動です。植物ウイルスに関する研究に取り組み、思うようにいかない実験に悩むこともありました。その失敗を次にどう活かせるかを考え続ける中で、粘り強く課題と向き合う力が少しずつ身についていったように思います。

また、食料資源に関する学びを通して、日常と学問のつながりを実感し、学ぶ楽しさを改めて知りました。四年間支えてくださった先生方、研究室の皆様、そして家族に心より感謝いたします。

若林達哉

大学生活を振り返ると、3年次の研究室配属後からの学びから心身共に成長したと感じています。ゼミでは、食料?農業政策や農産物貿易について学びました。私達が生命維持のために必要不可欠な「食」は世界的な視点で見ると飢餓と飽食が併存し、社会?経済、政策と多種多様な事象が複雑に絡み合っていることを理解しました。4年次の卒業研究では、いちごにおける輸出マーケティング戦略の現状と課題というテーマで地方自治体を対象とした調査?研究に取り組みました。高校までの「答えが用意された問題を解く学び」と異なり、「自ら問題を提起し、答えを導き出す学び」であったことが新鮮でした。

こうした学びから得た思考力や応用力は今後社会で生きていく上で必要なスキルと考えます。本学の学びで得られた成長が私にとってのかけがえのない財産です。最後に、大学生活を通してお世話になった先生方、友人、両親に心から感謝申し上げます。

髙田侑二朗

弘前大学に入学してから6年。多くの人と関わり、さまざまな経験を通して学ぶことができた、かけがえのない時間でした。香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司の4年間は、本当に多くの友人に恵まれ、充実した日々を過ごすことができました。

一方で、大学院へ進学した2年間は、就職の選択肢を広げたいという思いからの挑戦でしたが、決して順調な道のりではありませんでした。研究の難しさや思うように進まない現実に直面し、自分の未熟さを痛感することもありました。それでも、学会発表や論文執筆、報告会などの経験を通して、自分の考えを伝え、議論し、最後までやり抜く力を身につけることができました。楽な時間ではありませんでしたが、確実に自分を鍛えてくれた2年間だったと感じています。

最後に、大学生活を支えてくださった先生方、関係者の皆様、そして家族に心より感謝申し上げます。6年間で得た知識と経験を糧に、これからも成長を続けていきたいと思います。

2.退職する教員からのメッセージ

今井正浩教授

わたくしは、1996年4月に、弘前大学人文香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司(当時――現在は人文社会科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司)の西洋古典学担当の専任教員として、弘前に赴任してきました。北国の厳しい自然環境の中で育まれた豊かな歴史文化に深い感銘を受けました。以後、30年間にわたって、研究や教育指導等に携わってきました。幸い、良き同僚としての教員諸氏との業務、親切な事務職の方々のサポート、勉学熱心な学生諸君との対話、個性溢れる地域の方々との交流を通して、今日に至るまで、とても充実した日々を送ることができました。弘前市は、豊かな歴史文化の伝統と現代的なトレンドが見事に融和した都市であるという印象を強く持っています。今後も、弘前大学が、地域の主要な教育研究拠点の一つとしての役割を担い続けていくことを強く祈念します。ありがとうございました。

山本逸郎教授

1996年4月、35歳の時に教育香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司理科教育講座の物理学担当の助教授として着任しました。当時、香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司の教員には助手がおらず、私より年齢の若い教員が1人だけでした。「教育香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司という組織は、不思議な集団だなあ」と思ったことを覚えています。それ以来、あっという間に30年の年月が過ぎ、このたび、定年を迎えることになりました。

着任早々、多くの授業の担当をまかされ、大学で物理学の講義ができるようになったと、自分が香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司時代に学んだことを意気揚々と教えていました。ところが、ある時、受講している学生の誰1人として講義内容を理解できていないことに気が付き、あわてて内容を見直したことを、ほろ苦く、そして懐かしく思い出されます。

元々実験系の研究者だったこともあり、教育香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司では主に、小中高の理科の授業で取り扱う物理の実験教材を取り上げて研究して来ました。その結果、今では実験室に入りきらないほどの実験器具?道具を所有し、その種類と量は、全国のどの教員養成香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司の物理学研究室が所有するよりも多いと自負しています。ただ残念なのは、現時点で、それらの実験教材を引き継いで有効活用してくれる理科教員の公募の目処が付いていないことです。宝の持ち腐れにならないことを切に願います。

最後に、お世話になった先生方と事務職員の方々に心より感謝し、弘前大学の更なる発展と皆様のご健康をお祈りいたします。本当にありがとうございました。

野呂徳治教授

青森県内の県立高校教員を18年間務めた後、2002年4月に弘前大学教育香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司附属教育実践総合センター助教授として採用され、その後、教育香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司英語教育講座移籍を経て、この3月末日をもって42年間の教員生活にピリオドを打つことになりました。

思い返せば、まさに、「光陰矢の如し」の42年間でした。特に母校である本学で過ごした24年間は、大学教員として、学生の皆さんと共に学び、真理を追究するというかけがえのない経験を得ることができた素晴らしい年月でありました。普段の授業はもとより、ゼミでの発表?討論、長期休業中のゼミ合宿、また、卒論?修論発表や学会発表、さらに、筆者が担当する海外短期語学研修などなど、どの瞬間にも、過去に学び、未来に思いを馳せる知的好奇心に輝く若者の目がそこにはありました。後輩の皆さんには、この知的好奇心に輝く目を忘れず、自身の可能性を信じ、未来への飽くなき挑戦を続けてもらいたいと思います。

末尾になりますが、これまでお世話になりました事務職員、教員の皆様に深く感謝申し上げると共に、本学の益々のご発展を御祈念いたします。本当にありがとうございました。

中野博之教授

着任以来21年間、教員養成と向き合ってきました。その間には小学校Tuesday実習や教職大学院の草創期に携わることができ、私にとって大きな財産となりました。当時は反対意見にも直面しましたが、こうしたことへの対応は、私の専門である算数?数学教育学のテーマ「統合」の実践そのものでした。「統合」とは「見方を広げて『同じ』を探すこと」です。対話を重ねて視点を広げると、一見異なる意見の根底にも自分と同じ想いがあることに気づくことができました。この気づきこそが、互いを結びつけ、前に進む力となりました。

学生?院生の皆さん、対立を恐れず、対話を通して異なるものの中に共通点を見出す「統合」の視点を大切にしてください。それは必ず、人生を豊かに切り拓く鍵となります。21年間、共に職務に励んだ教職員の皆様、一緒に研究に励んだ学生?院生の皆様に心より感謝申し上げます。弘前大学の更なる発展を祈念いたします。

宍倉慎次教授

高校教員として39年間勤務した後、教職大学院において5年間、教壇に立たせていただきました。担当した授業は、「教育課程編成をめぐる動向と課題」「教育課程の開発と実践」「教育経営の理論と実践」「教育法規の理論と実践」などです。いずれも優れた研究者教員とのティームティーチングであり、実務家教員としての経験を生かし、現場ですぐに役立つ視点や実践的な知見を伝えることができたことは、大きな喜びでした。また、福島裕敏先生のご指導のもと、三戸延聖先生?田中浩紀先生とともに担当した教養教育科目?キャリア教育「高校教育の世界」では、新しい教育観に基づく思考力?判断力?表現力の育成に取り組みました。さらに、高大連携?接続に関するWG委員として、県内各高校との連携にも携わらせていただきました。

この5年間は、まさに第二の人生として完全燃焼できたかけがえのない時間でした。支えてくださったすべての先生方に、心より感謝申し上げます。

藤江玲子准教授

2月16日、当大学院の教育実践研究発表会が開催されました。教職大学院は青森県教育委員会から派遣された現職教員と香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司卒の院生が、ともに学ぶ場です。院生たちは学校で、それぞれが捉えた教育課題から出発し、子どもをまん中に据え、理論と実践を往還しながら研究を進めていきます。報告会では今年も、実践を通じて子どもや教職員や保護者や学校や地域の人々が変わっていった姿が豊かに語られました。

2年間という年月は、これほどまでに人を深く、力強くするものでしょうか。修了する院生たちは、たんぽぽの綿毛のように各地に広がり、そこで次の種を育て、さらに、大切なことを広げてくれることでしょう。青森県にこの教職大学院があることは、かけがえがないことであると思います。この大学でやりがいの大きい仕事ができたことに、心から感謝しています。今度は日本の外で、日本の教育のためにできることを探したいと思います。

袴田健一教授

弘前大学には、学生時代を含めると47年間お世話になりました。自由?自律?独創の気風溢れる医香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司で受けた6年間の教育は、その後の自身の感受性や姿勢に大きく影響を与えました。卒業後は弘前大学第二外科と地域医療機関を行き来しながら修練を受け、臨床医として成長することができました。特に、本学初の生体肝移植や高難度肝胆膵手術、遠隔ロボット手術などの先端医療の技術開発に関与する機会をいただいたことは望外の幸せでした。

研究や診療を通じて世界中に友人もできましたし、教授職として学生?若手医師の医学教育や社会的活動に携わる機会をいただき、充実した大学人生活を送ることができました。附属病院長として病院経営を担当したことも、想定外の経験でした。このように、多くの機会をいただいた弘前大学には感謝しかありませんが、今後はOBとして応援する側に回りたいと思います。弘前大学の今後の発展を心から祈念申し上げます。

花田裕之教授

弘前大学を卒業した時に、同級生から「自分で出身大学を盛り上げないと、どこで何をしていても〇〇大学卒はついてくる」と言われました。そんな大きな目標で物事に取り組んだことは今までありませんが、弘前生まれで医療に携わることになった自分は、この地で自分なりに医療に取り組んできました。

町立病院での内科医としての勤務は自分の医療の底辺となり、その後大学病院で循環器救急を担当した時は、地域の循環器救急は自分が支えるという自負で24時間365日急患対応にあたりました。東日本大震災と福島原発事故では弘前大学が提供する被ばく医療に携われましたし、コロナ感染症流行期には重症患者治療のみならず、地域や県での感染対策の現場を支えることも出来ました。ドクターヘリで現場救急をたくさん体験できたことは青森県全域の救急医療を見直せるとてもよい機会となり、大学病院での医療や、学生の教育にも大いに役立つことになりました。

自分が弘前大学を盛り上げることはなかなかできなかったのですが、多くの方々にこの様なたくさんの機会を与えていただき、ともに取り組んだお多くの周りの方々にも支えられて、時々に精いっぱい取り組むことができました。ありがとうございました。

今泉忠淳教授

私が弘前大学医香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司の学生であった昭和時代の頃には、携帯電話、パーソナルコンピューター(PC)、インターネットなどはなく、講義では、黒板やリバーサルスライド/ブルースライドがよく使われていました。情報技術(IT)が発達し、デジタル変革(DX)の時代となり、講義もパワーポイントやTeamsを使うようになった令和の今日から考えると、隔世の感があります。

しかし、私は根っからのアナログ人間で、急速なITの発達やDXについていけない落ちこぼれでしたので、教科書や黒板を使い、昭和的な講義を行いました。学生の皆さんからは、「板書はやめて電子ファイルを配布して欲しい」というnegativeな意見と、「黒板を使った授業は新鮮だった」というpositiveな意見の二極化した評価をいただきました。どんなにITやDXが進んでも、教育や医療は人と人との直接の関わりが大切と思っています。

村上学教授

1986年に弘前大学?医香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司を卒業後、14回大学を移動しました。卒後、海外3回を含め、ドサドサ回りながら、2012年に弘前大学?教授職を拝命しました。

先日、退職記念に京都大学の有名教授を招待し、お互いの人生を語りました。この先生は小生のドイツ時代の上司が、京都大学に留学していた時の御同僚。当時の京都大学の厳しい生活を興味深く伺いました。実験室で新聞紙の上に睡眠、蒸留水作製に伴う温水を利用して入浴など、「明日の日本が今日の日本より必ず良い」と、信じていた頃の話。

「なぜカルシウムチャネルの副サブユニットなどというマイナーな分子を専門にしていたのか?」と、聞かれました。「もっとデカイ研究ができたはずだ」ということです。珍しく、自分の人生を真摯に考える機会となりました。小生は自分の能力が「それなり」であることを自覚しており、「いただける研究費で、自分一人でできること」という人生。ドイツのハイデルベルクにいた時、アパートの向かい側にノーベル賞受賞者?ザックマンの研究室が見えました。ザックマンは受賞後も、「自分で実験する」というスタイルを継続しており、夜半まで明かりがついていました。社交性とは一線を画した人生。電気生理学者らしく、賞金で買った小さな電気自動車が懐かしい。小生も、この文章を書いたら、今日も実験するつもりです。

岡田敦史准教授

2022年10月からの3年6か月、弘前大学で教員として過ごしました。幼児でいえば3歳半にあたります。やっと大学固有言語や組織?人間関係を理解し始めた頃に定年退職を迎えます。

私は長く福祉の現場で働き、多様なクライアントと向き合い、多くを学んできました。児童虐待や生活困窮など、厳しい現実にも直面してきました。現場経験を強みに講義?演習に取り組んできたつもりです。シラバスでは「公認心理師の資格を有し、現場経験を踏まえて教育を行う」ことが求められています。学問的視点と現場での臨床経験が重なる部分(交差)をできる限り伝えることを心がけてきましたが、どれほど届けられたのか心許なさも感じています。

卒業後、現場で苦労する中で、「あの授業で似た話を聞いたな。教員名は忘れたけど…」と思い出してもらえれば幸いです。困難な課題に直面した際、授業や演習が小さなヒントとなり、解決への一歩につながることを願いながら、短い教員生活を終えたいと思います。

宮永崇史教授

1988年に弘前大学に着任した私は、当時の文部省在外研究員若手枠に採択され、カナダのバンクーバーにあるサイモンフレーザー大学に10ヶ月間滞在することになりました。そのころカナダの大学ではすでに建物内は禁煙となっており、有名教授もドアの外で一人寂しくタバコをふかす光景をよく目にしました。当時の弘前大学は教授会といえば、複数の人たちがタバコを吸い、会議は煙の中で行われていましたので、この違いに驚いたものです。

海外生活が性に合った私は、その後も幾度となく外国に出かけることになりますが、東西の壁崩壊の影響が残るロシアのエカテリンブルグでの2ヶ月間の滞在、12月の北イタリアの古都トレント大学での1ヶ月間の滞在が特に印象的です。ロシアでは混乱の中、宿舎や食堂は利用できず、招いてくれた教授の家にずっと住まわせてもらったことが思い出されます。北イタリアの冬は寒かったけれどもクリスマスの賑わいが忘れられません。若い皆様にはぜひ海外での研究生活をエンジョイしていただきたいと願っています。

鈴木裕史准教授

弘前へ来たのは平成10年でした。幸いにも翌年から卒業研究のために学生が配属希望してくれました。香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司学生は総勢90名以上、修士が約40人、博士は5人が進学してくれて、3人が学位を取りました。それぞれに個性的な卒業生の中の一人を紹介します。

10年ほど前に旅立っていった卒業生、彼とは付き合いが続いています。彼が最初に就職した県内企業は想像を超えたブラック企業。ドラマ等で作られたブラック企業を遥かに上回る酷いところ。労基入ったら一発アウトどころの話じゃないレベル。そんなところでも、と言うかそんなところだから、なかなか辞められなかった。が、他の社員が辞めるのに便乗してなんとか抜け出せた。すぐに隣県の企業へ転職。話を聞くとそこも十二分にブラック。ただ、前職よりはマシ(概ねドラマに出てくる典型的なブラック企業レベル)だったので、彼はなかなかそのブラックさに気付けなかった。私も含めた周りの説得で漸く自分の状況を認識したようで、再び他の隣県にある企業へ転職。そこでやっとまともな職場環境に出会えたようだ。転職した当時彼は「土日が休みだ!何をすればいいんだろう?」と常人なら当然の境遇に驚いてしまった。そこで、金曜の夜から日曜まで一人旅をすることにし、今は毎週のように旅行を楽しんでいる。

彼くらい優秀だと転職も簡単だったことは幸いだが、優秀であるがゆえにブラックでもなんとか仕事をこなせてしまったことは不幸だった。なんとか幸せに生活できるようになってほっとしている。彼は地元出身であったこともあり、今でも年に一回は一緒に飲みに行く。そんな交流があったから、転職の後押しをすることもできました。

話は変わりますが、数年前、学会に行った際に在校生たちと一緒に卒業生と会いました。後から気づいたのですが、その時の彼の年齢は彼が私の研究室に所属していた際の年齢を越えていました。会った時、彼がなにをどう思ったのかは定かではありませんが、今の自分より年下の若造に「指導」されていた(しかも、多分したり顔で)ことに気づいたらどう思ったのでしょう。気になって調べてみると、4年生の段階で当時の私より年上或いは同年齢になっている卒業生は20名になります。今、彼らが何を思うのでしょうか。卒業生たち全員が元気でいてくれることを願っています。

佐藤裕之教授

工学系学科として理工香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司に新たに設置された知能機械システム工学科に着任しましたのは1999年4月のことで、平成から令和にわたる27年間を本学で過ごしてきました。新しい学科で、新しい仲間とともに新入生を迎え、新しい歴史を作っていくという得難い機縁に恵まれ、教官?教員として今日までかけがえのない年月を過ごすことができたことに感謝しています。当時の新入生の皆さんをはじめ卒業生皆さんの活躍を見聞きするたびに、大学に職を得たことの悦びを感じることができました。

ところで、私が大学生として過ごした昭和から令和の今に至るまで、改組の大合唱の中で大学には常に変革が求められてきたように思われます。私どもの年代は、いわゆる共通一次試験の初年度の世代で、大学に入学するときから変革?改組の波の中に置かれていたということだったのかもしれません。水は淀めば濁るというものの、渦中に置かれれば心穏やかならざる日々が続きます。外からの力であれ中から溢れるものであれ、学びの環境としての大学は変わり続けることを求められるのでしょう。その渦中で、変わらぬ真実を探り続けることが大学の研究のひとつの目的であることは、皮肉のように思われます。今後も変革の波が止むことはないのだろうと想像しますが、美しい自然に恵まれた本学が、美しく止揚を遂げ続けることを願っております。

藤崎浩幸教授

私のようなだらけた性格の人物を定年まで雇用していただき、とてもありがたく感じています。この場には、大学運営に関し、思いがけなく頼まれたことを書いておきます。

1つは教養教育科目地域学ゼミナールです。教育担当理事から全学生必修の文理融合の地域学ゼミを開設したいので運営方法を考えるよう指示があり、複数香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司の学生で編成する1班6人を15班90名1クラスとして複数部局教員がチームティーチングする形態を着想し、定着させました。

もう1つは男女共同参画推進室長です。就任時がちょうど室開設10周年だったので、記念事業として学長と弘前市長が対談するシンポジウム開催を実現しました。また令和4年度にはJSTのダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(特性対応型)補助事業にも採択されることができました。

今後も弘前大学から多様なメンバーと行動できる学生が輩出されること、女性活躍を含め大学の多様性が高まることを願っています。

3.学生評議員より 今年1年を振り返って

久末真奈美

ついに私も大学生か!と胸が高鳴る中、新天地であるここ弘前にやってきて早くも一年が経とうとしています。光陰矢の如しとはまさにこのことかと実感していますが、振り返ると短い一年という間の中で多くの学びや出会いがありました。

入学した当初、大学の授業や友人ができるかなど不安なことだらけでしたが、一カ月も経つとそんな不安もどこへやら飛んでいきました。また、大学外の話でいうとアルバイトも無事に決まり、今では二つ掛け持ちしています。アルバイトでは幅広い年代のお客様とのコミュニケーションの中で日々沢山の気づきを得ています。

前期は初めての一人暮らしということもあり、様々な手続きや授業?アルバイト?サークルに追われ目まぐるしい毎日でした。ですが、後期からは大学生活にも慣れ、時間の使い方を工夫してやるべきことに優先順位をつけて毎日を過ごせたように思います。中でも学業に重きを置き、様々な資格試験にも挑戦することができました。

そして今回学生評議員に応募し、他香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司の方や院生の方とお話したことでより一層将来のビジョンを具体化できたので、今後の大学生活に生かしていきたいです。貴重な機会をありがとうございました。

角井智久

私はこの1年、あふれ出る様々な焦燥感にもだえながら、少しずつ目標に向かって歩きつづけた結果、いつの間にか終わっていたように感じます。

春に修士論文の研究題目を変更することになり、心機一転研究を進めようとしたら就職活動が本格化し、気付いたら夏になっていました。就職活動で移動の無間地獄に陥り、その度に感冒にかかってしまいました。そのような中で、フィールドから得られたデータとにらめっこしながら文章を書きつづけ、修士論文を完成することができました。

修士論文は私一人の力ではなく、指導教員である山田先生はもちろん、フィールドでお世話になった方々にも支えてもらった結果、完成できたものでした。改めて感謝申し上げます。ただ、今年の夏に亡くなられたNさんに、修士論文を生前にご覧に入れることできなかったのが、悔やまれます。亡くなられたNさんと共に過ごした昨年の正月から、この1年のはじまりを思い起こしました。

今駿太朗

教員を志して教育香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司に入学し、3年目となった今年は、1年目と2年目に比べてとても忙しく、一言で言えば「忙しない1年」であった。教育実習で実際の学校現場に立ち、小学生を相手に授業を行ったり、卒業に向けて卒業論文に着手したりするなど、日々忙しく過ごし、ゆっくりする時間はほとんどなかった。課題を一つ終えたと思えば、また次の課題があり、「まだあるのか」と心が折れそうになることもあった。それでも、この忙しさを乗り越えられた自分を、素直に褒めたいと思う。

忙しい日々の中でも、高校時代の友人と京都や大阪へ旅行に行ったり、新潟まで車で遊びに行ったりするなど、楽しい思い出も多く、充実した1年であった。

改めて振り返ると、周囲では教員採用試験の対策や就職活動の準備を始める人が増え、就職や卒業が身近に感じられるようになった。来年は大学生活最後の1年となるため、後悔のないよう一日一日を大切に過ごしたい。

佐藤恒太

今年一年を振り返ると、学びと実践を往還し続けた濃密な一年であったと感じています。教職大学院での講義や研究を通して、教育理論を学ぶだけでなく、授業観察や授業実践を通して、理論をどのように学校現場に生かすかを常に考えてきました。

特に、生徒の主体性をいかに引き出すかという課題に向き合い、探究的な学習や問いを重視した授業づくりに試行錯誤を重ねてきた点は、大きな成果であると考えています。一方で、学習の深まりには個人差が生じることや、生徒一人ひとりへの支援の在り方に難しさを感じる場面も多くありました。しかし、これらの課題に向き合い、省察を重ねてきた経験は、今後教員として成長していく上での重要な土台になると考えています。この一年で得た学びを、今後の教育実践に確実につなげていきたいです。

相場奏

この1年は、友人同士でもっぱら将来について語る機会が増え、「大学4年」という時期が人生の分岐点であることを強く実感させられます。一方で私自身を振り返ると、勉強と並行して課外活動に明け暮れる日々を送っていました。物理的?環境的に自由度が高いとは言えない弘前に身を置いているからこそ、自ら足を延ばし、背伸びをしてでも機会をつかみにいく姿勢の大切さを感じるようになったからだと思います。

勉強に生活の多くを制限されながら新しいことに挑戦するのは簡単ではありませんが、「行動しなければ何も始まらない」という感覚は、確かな実感として自分の中に根付いています。忙しさの中で、人との関わりや自分の長期的な成長のために意識的に時間を割く重要性を改めて痛感しつつ、総じてこの1年を充実していたと感じられるのは、ひとえに周囲の人々と環境に支えられていたからこそだと思います。今後も感謝を忘れず、また自分自身も誰かにとっての良い環境に寄与できるよう、日々研鑽を積んでいきたいです。

田中誠

2025年は、私にとって山と谷が非常にはっきりした年でした。前半は、2024年から取り組んでいた研究で成果が得られず、試行錯誤を重ねる苦しい時期が続きました。しかし、6月頃に研究アプローチを見直したことでデータが得られ始め、その後は良い出来事に恵まれました。

1つ目は、2024年にBrain Communications誌に掲載された論文が評価され、弘前大学若手優秀論文賞に選出されたことです。本研究は、2023年に逝去された私の研究の師である丹治邦和先生との多くの思い出が詰まった研究であり、その成果が評価されたことに深い感慨を覚えました。2つ目は、12月にCells誌に投稿した総説論文を読んだ海外研究者から、共同研究の打診をいただいたことです。

これらの成果は、私一人では成し得なかったものです。この場をお借りして、研究および論文執筆に携わってくださいました先生方、スタッフの皆様には深く感謝申し上げます。今後も研究に精進して参ります。

佐久間菜々子

この1年は本当に時間が過ぎるのがあっという間でした。2年生になり専門科目が増え、授業内容が難しくなったと同時に課題やレポート、テストが増え、とても忙しく大変な日々でした。それと同時に1年生の時まではあまり関わりのなかった同じ専攻の人と授業やテスト勉強を通じて徐々に打ち解けることができたり、人体解剖など普段なかなか経験することができないような貴重な経験をたくさんしたりと、とても充実した一年となりました。また専門科目を多く学んだことで自分の目指す職業が具体的にどのようなことをしているのかということを知り、自分の将来についての視野を広めることができました。

大学2年生も終わりが近づいてきて、「3年生になってしまう」という不安と「楽しい大学生活もあと半分」という寂しさがあります。後悔することのないように残りの大学生活も勉強やアルバイト、友達と遊んだり、旅行をしたりと全力投球で過ごしていきたいです!!

酒井優菜

今年度は、国内での研究活動に加え、海外での調査や学会参加の機会にも恵まれ、学びの場が大きく広がった一年でした。研究活動にとどまらず、学会やインターンシップを通して、海外の研究者や学生と交流する機会も多く得ることができました。

異なる文化や価値観の中で研究に向き合う姿勢に触れることで、自身の視野が大きく広がるとともに、環境放射線や大気汚染といった課題は、国や地域を越えて捉える必要があることを改めて実感しました。また、国内の学会では優秀口頭発表賞をいただき、これまで積み重ねてきた研究成果を評価していただく貴重な経験となりました。

研究は一人で完結するものではなく、多様な専門性を持つ人々との協働によって深まるものだと感じています。今年度に得た経験を今後の研究活動に生かし、専門性をさらに高めながら、社会に貢献できる研究者として着実に成長していきたいと考えています。

蠣崎太智

今年一年間を振り返ると、たくさんの経験をしたと思います。今までの人生でも一番密度の濃い一年間でしたし、これから生きていく上での良い経験だったなと思いました。

私は学生委員会に所属しており、その中で委員長を務めました。今年は一年生が沢山入部したことで、人数が沢山いる幸せと多いなりの大変さがどちらもあり、委員長としてどう活動していけばいいのか、そう考えることが難しく、でも良い経験だったなと思います。また、仙台でのセミナー活動や、東京での総会に参加したり、学生評議員に学生委員会として呼んでいただいたりと、多種多様な場に参加できる機会があったことが、何よりもありがたく、とても楽しい時間でした。

特に、学生評議員としては、今年は一回学長との懇談会が大学院進学をテーマに開催されました。学長に直接意見を届けることができるという機会はそうそうないため、緊張はしたもののとても有意義な時間でした。また、一学生として大学院進学に求めたいこと、どういう制度があれば大学院に進学したいと思えるようになるかを伝えられたのではないかなと思います。

私は、この一年間でたくさんの機会に恵まれ、様々な経験をしました。この経験を無駄にしないよう、今後に繋げていきたいと思います。

笹太智

この一年を振り返ると、授業および研究を通して、半導体産業に対する関心が一段と高まった一年であった。先端プロセスを取り巻く国内外の動向や、日本の半導体復活を示唆する報道に接する中で、半導体が社会を支える重要な基盤技術であることを改めて認識した。

東北地域においても、地域特性を生かした人材育成ならびに産業基盤強化に向けた取り組みが進展しており、大きな期待を抱いている。人材育成や産業基盤の強化を目的とするT-Seedsでは、半導体?電子デバイス分野における人材育成やサプライチェーンの強靭化が進められている。また、半導体分野の人材育成拠点であるS-Hubでは、設計から製造、材料、装置に至るまでを一体的に捉えた育成体制が整備されている。

来年は、研究活動等を通じて東北地区における半導体産業振興の流れに主体的に関わっていきたいと考えている。

山本冬希

弘前に来て5回目の春を迎え、満開の桜の中で、私の大学院での生活が始まりました。最初は研究への期待に胸を膨らませたのも束の間、現実は研究の難しさと、慣れない就職活動に奔走する日々でした。

前期は朝の眠気と戦いながら講義へ這い出し、何とか単位を死守。時には趣味の自転車で津軽を巡り、心身をリフレッシュさせました。夏には物性若手の夏の学校という合宿に参加し、同じ物理学を専攻する全国の仲間と三泊四日、熱く議論を交わしました。その後も、先行研究の厚い壁に跳ね返され、選考結果に一喜一憂する毎日でしたが、周囲の助けを借りて一つずつ課題を乗り越えてきました。

振り返れば、立ち止まる暇もないほど必死に駆け抜けた一年でした。青森で過ごす学生生活も、残りあと一年。この地に再び桜が咲く頃には、一回り成長した姿でありたい。残された時間も、恐れずに挑戦と失敗を繰り返し、学生にしかできない経験を貪欲に積み重ねていきたいです。

佐々木紀晃

今年1年を振り返ってみると、あっという間に過ぎ去ったように感じる。気付けばもう1年が終わり、時間の流れの速さに驚かされている。今年は特に、将来について深く考える機会が多い1年であった。

インターンシップや就職活動を意識する場面が増え、自身の進路や将来について真剣に向き合うようになった。また、講義内容もこれまで以上に専門性が高まり、目指すべき分野へ一歩ずつ近づいている実感を得ることができた。さらに、実地研修やインターンシップ、実験などを通して、座学だけでは得られない学びや気付きが多くあり、知識を実体験と結び付けて理解する必要性を実感した。一方で、大学生活があと1年しか残っていないという焦りや不安も募ったが、立ち止まっている余裕はなく、前に進むしかないと感じている。

来年は大学生活最後の1年となるため、悔いのないよう大学生活を謳歌しつつ、就職活動や卒業研究にも全力で取り組んでいきたい。

千田健太

本年度は、人との縁の大切さを実感するとともに、多くの挑戦の機会に恵まれた一年でした。高校教員の大学訪問やオープンキャンパスなど、学内外の場で在学生の立場として発言する機会をいただいたほか、学生評議員としての役割も経験しました。一つ一つは小さな経験ではありますが、これまで積極的に関わることのなかった自分が挑戦できたことは、大きな成長につながったと感じています。

研究活動においては、実験に向けた準備や試行錯誤を重ねる中で、自ら課題を発見し、その解決に向けて考える過程を通して、研究の難しさと面白さを実感しました。成果が得られた際には大きな達成感を得ることができ、挑戦することの意義を感じました。こうした経験は、日々ご指導くださる先生方や、研究室の仲間、そして挑戦の機会を与えてくださった環境があってこそ得られたものです。今後も感謝の気持ちを胸に、学業および研究に誠実に取り組んでいきたいと考えています。

兼平類

2025年度は、私の大学生活の最後の年でした。修士までの6年間の総決算として、この一年の研究生活を振り返ろうと思います。

私たちの研究室では、カビやキノコのつくる物質の化学構造を決める研究をしています。高校化学で登場する直線とアルファベットで作られたあの図は、私たちのような研究者が決めたものです。春頃、どうしても構造式が決まらない物質に出会い、悩みながら研究をしていました。最終的には、測定したデータのちょっとした特徴がきっかけになり、構造式が決定出来ました。

実は、「修士に進んだからには、普段の研究であまり触れないことも学ぼう」と思い、過去に読んでいた論文が、データの特徴に気付くきっかけでした。このような過去の努力の積み重ねがあったからこそ、集大成の年に実を結んだと思っています。

4月からは社会人として働くことになりますが、大学での学びや過去の経験を仕事に生かせるように、努力を続けたいと思います。

岩渕伸雄

この1年は自分自身、仕事と研究の2軸に追われながらあっという間に過ぎた期間でした。社会人枠で入学してから、自分がこれまで弘前城を舞台に10年続けてきたSHIROFES.という地方文化イベントと向き合ってきました。それを、研究のテーマとして位置付け、紐解き?再構築をしながらまとめあげる期間となりました。

研究をすればするほど、自分がいかに周りの人に支えられSHIROFES.を続けることができたのか、弘前に残って起業することができたのか、そして社会人となり改めてこの弘前大学大学院に入学し学ぶ時間を得られているのかを実感する日々と出会うことができました。

社会人という立場で研究ができる環境は、非常に恵まれています。少しでも自分の研究がこの弘前にとって、地域にとって貢献できるような研究をしたいと思っております。これからの1年がこれまでの1年よりもさらに濃く、実りある期間となるように頑張りたいと思っております。ありがとうございました。

髙橋千香子

今年は、学生生活の集大成として駆け抜けた一年となりました。

修士研究では、コミュニティFM放送局の運営実態の在り方をテーマに、東北6県のラジオ局を対象とした調査を実施しました。金銭面での制約に頭を悩ませる場面もありましたが、現地で直接声をお聞きできた経験は、何にも代えがたい学びとなりました。

また、弘前大学では、学生広報スタッフ、キャンパスツアーガイド、日本語チューター、TA、学生評議員として、幅広く活動させていただきました。関係者の皆様や先生方、仲間、そして家族の温かな支えにより、授業だけでは知り得なかった大学や学生の魅力に触れることができました。心より感謝申し上げます。

来年度からは社会人となるため、自覚と責任を持ちながら、憧れた業界で羽ばたけるよう精進してまいります。第二の故郷となった青森での思い出を胸に、また成長した姿で顔を出せる日が来ることを願っています。ありがとうございました。