弘前大学

世界自然遺産の小笠原諸島で植物や島ごとに異なる8固有種のグンバイムシが生息することを確認

2025.09.01

プレスリリース内容

本件のポイント

  • 世界自然遺産の小笠原諸島から形態的特徴で識別できる8固有種のグンバイムシ(植物を摂食するカメムシの一群)が確認されました。
  • 8固有種は3新種と5既知種で構成されていました。
  • 固有グンバイムシの各種は寄主植物(摂食する植物)や分布域(生息する島)がたがいに異なっていました。
  • 今回の発見は海洋島における固有昆虫の種分化を理解する基礎的な知見となり、将来的に小笠原諸島の世界自然遺産としての価値向上に貢献することが期待されます。
  • この成果は2025年8月29日21時に国際学術誌「Zookeys」に掲載されました。

本件の概要

背景

「東洋のガラパゴス」として知られる小笠原諸島は100を超える海洋島で構成され、東京都本土部の南方約1,000kmに位置します。狭い面積に反して固有種が多く、陸貝の90%、昆虫の30%、植物の40%が世界でも小笠原諸島だけに生息します。固有種率の高さだけでなく、陸貝の著しい適応放散や植物の雌雄異株化と木本化など海洋島に特有の進化現象が評価されて世界自然遺産に登録されました。小笠原諸島は聟島列島、父島列島、母島列島の 3つの島群から構成され、一部の固有昆虫では島ごとに外観の似た異なる種が分布することが知られています。固有昆虫が種分化した要因を寄主植物(摂食する植物)や分布域(生息する島)の違いから考察することは、海洋島に特有の進化現象を明示することに繋がり、小笠原諸島の世界自然遺産の価値向上に寄与することが期待されます。グンバイムシ(植物を摂食するカメムシの一群)は海洋島で多くの固有種が知られるだけでなく、大半が1種ないしは数種の植物のみを摂食することで知られています。よって、固有昆虫が種分化した要因を寄主植物と分布域の違いから考察することに適した材料です。小笠原諸島のグンバイムシは5固有種が知られていましたが、すべての種で寄主植物が不明でした。さらに、一部の種に複数種が混同されている可能性がありました。

一方、小笠原諸島の固有昆虫は大半が捕食性の外来トカゲであるグリーンアノールの影響で激減しています。グリーンアノールの胃内容物から固有グンバイムシが記録されているので、捕食圧による減少が懸念されます。固有グンバイムシには過去に確認された個体数が極端に少なく、現在の生息状況が不明な種が存在します。固有昆虫の保全に資するためにも、グンバイムシの基礎的な調査が求められていました。

内容

相馬 純 助教(弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司附属白神自然環境研究センター)は小笠原諸島 に生息するグンバイムシを調査し、各種の寄主植物を特定しました。さらに、研究機関に収蔵または協力者から提供された標本を同定しました。結果として、小笠原諸島には形態 的特徴で識別できる8種の固有グンバイムシが生息することが判明しました(図1)。8固有種は3新種と5既知種で構成されていました。新種のうちハハジマグンバイOmoplax hisa suei Souma,2025では和名が母島のみで確認されていること、種名が久末 遊 博士(相馬純助教の大学院生時代からの研究仲間で小笠原諸島に在住、ハチの専門家ながら本研究での調査に協力)に由来しています。イヌグスグンバイO. inugusu Souma,2025とコブガシグンバイO. kobugashi Souma,2025では和名と種名が寄主植物(ムニンイヌグスとコブガシ)に由来しています。さらに、8固有種のうち7種で寄主植物を解明し、葉を摂食することを確認しました(図2)。固有グンバイムシは近似の複数種でたがいの寄主植物が同種か近縁種でしたが、分布域が異なりました(図3,4)。具体的には、シマシャリンバイを摂食するグンバイムシ、キンショクダモを摂食するグンバイムシ、タブノキ属(ムニンイヌグスとコブガシ)を摂食するグンバイムシは1つの島に1種のみが分布していました。寄主植物が解明できなかった1種は、近似種が分布しない島でのみ採集されています。例外として、形態的特徴から他のグンバイムシと遠縁と考えられるムニングンバイAcanthom oplax tomokunii Souma & Kamitani, 2021のみ、同種または近縁種の植物を摂食する固有 種が分布する島からも記録されています。シマシャリンバイとキンショクダモを摂食する グンバイムシでは、各固有種の分布域と寄主植物の空間的遺伝構造(遺伝的に違う集団が 異所的に分布する状況)の一致が判明しました。

固有グンバイムシのうちオガサワラグンバイO. desecta (Horváth, 1912)はグリーンアノールの胃内容物から記録されていますが、記録がある島の大半で現在も多産していま す。さらに、グリーンアノールの侵入から60年以上が経過した父島では天然林だけでなく 市街地に植栽された寄主植物にも発生しています。よって、本種の絶滅リスクは低いかもしれません。しかし、ムニングンバイは過去に記録された島(兄島、弟島、母島)のうち グリーンアノールが未侵入の弟島でのみ2020年代に確認されています。さらに、ハハジマグンバイはグリーンアノールが侵入している母島の1地点のみで生息が確認され、近似種 と寄主植物の分布から他の島での生息が見込まれません。したがって、これら2固有種の 生息状況は今後の注視が必要と考えられます。

図1

図1.小笠原諸島の固有グンバイムシ8種:A,ムニングンバイAcanthomoplax tomokunii Souma & Kamitani, 2021;B,オガサワラグンバイOmoplax desecta (Horváth, 1912);C,ハハジマグンバイO. hisasuei Souma, 2025;D,イヌグスグンバイO. inugusu Souma, 2025;E,カルベグン バイO. karubei Souma, 2022;F,コブガシグンバイO. kobugashi Souma, 2025;G,チチジマグンバイO. majorcarinae Guilbert, 2001;H,ムコジマグンバイO. mukojimensis Souma, 2022. Souma (2025)より転載

意義と展望

海洋島の小笠原諸島における固有昆虫が種分化した要因の検証は、進化生物学的に興味深いだけでなく、世界自然遺産としての価値向上にも寄与する研究テーマでした。本研究はグンバイムシを研究材料として固有昆虫の種分化研究に必要なインフラを整備し、今後の課題として種ごとの寄主植物と分布域の違いを強調しました。分子系統解析などを含む研究を実施することで、グンバイムシが固有昆虫の種分化研究の優れた事例となり、遺産価値の向上に貢献することが期待されます。他の固有昆虫でも基礎的な知見の蓄積から種分化研究を展開することで、小笠原諸島に生息する昆虫の歴史的背景の理解が大きく進展 すると予想されます。

図2

図2.小笠原諸島の固有グンバイムシ8種の寄主植物:A,ムニングンバイに加害されたコブガシ;B,ムニングンバイが飼育下で摂食したタブノキ;C,オガサワラグンバイに加害されたシマシャリンバイ;D,オガサワラグンバイに加害されたテリハボク;E,ハハジマグンバイに加害されたキンショクダモ;F,イヌグスグンバイに加害されたムニンイヌグス;G,カルベグンバ イに加害されたシマシャリンバイ(朴 鎮亨氏撮影);H,コブガシグンバイに加害されたコ ブガシ;I,チチジマグンバイに加害されたキンショクダモ.Souma (2025)より転載.

他方で、小笠原諸島のグリーンアノールは環境省による防除が実施されています。捕食圧による減少が懸念される分類群と懸念されない分類群の特定は、保全の優先度が高い固有昆虫の選定に重要です。本研究ではグリーンアノールからの捕食例が知られていながらも、天然林だけでなく市街地の植栽にも発生する固有昆虫の存在を示しました。グリーンアノールをはじめとした外来生物の影響で大半の固有昆虫が激減した現在、身近な種の情報を発信することは市民が小笠原諸島の自然に親しむ端緒となるかもしれません。また、グリーンアノールが未侵入の島のうち最大の弟島でのみ現在も生息する固有昆虫の存在を示したことは、保全上の重要性が十分に検討されていない当地の自然環境を評価する根拠となりえます。将来的には、他の分類群でも基礎的な知見を蓄積し、グリーンアノールからの捕食圧に脆弱な分類群に共通する生態的特性を解明することが望まれます。

図3

図3.小笠原諸島の固有グンバイムシ2種の産地.青色=2010年代以前と2020年代に生息が確認された島;緑色=2010年代以前にのみ生息が確認された島.国土地理院の電子地図(https://maps.gsi.go.jp)を加工して作成.

論文情報

【タイトル】An illustrated key to the lace bugs (Hemiptera, Heteroptera, Tingidae) from “Oriental Galapagos” (the Ogasawara Islands, Japan), with descriptions of three new species of the endemic genus Omoplax Horváth, 1912
【著者】Jun Souma
【掲載誌】Zookeys
【DOI】https://zookeys.pensoft.net/article/160064

資金援助

本研究の一部は環境省?(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20244RB3)とJSPS科研費(JP24K17897)の助成を受けました。

図4

図4.小笠原諸島の固有グンバイムシ6種の産地.赤色=2020年代にのみ生息が確認された島;青色=2010年代以前と2020年代に生息が確認された島;緑色=2010年代以前にのみ生息が確認 された島.国土地理院の電子地図(https://maps.gsi.go.jp)を加工して作成.

詳細

プレスリリース本文は こちら(?1.33MB)

お問合せ先

弘前大学農学生命科香港赌场/老挝赌场$西安碟雅商贸有限公司附属白神自然環境研究センター 助教 相馬 純
Tel:0172-39-3708(メールでお問い合わせください)
E-mail:jun.soumahirosaki-u.ac.jp